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暗黙知の次元-言語から非言語へ-
マイケル・ポラニー

【Ⅰ 暗黙の知】

・人間の知識についてあらためて考えなおしてみよう。人間の知識について思考する時の私の出発点は、我々は語ることができるより多くのことを知ることができる、という事実である。

・我々は人の顔からさまざまな気分を認知する。しかし、なにをしるしにしてそれを認知するのか、我々はまったく曖昧にしか述べることができない。

・我々が外見的特徴を人に教えることができるのは、教師が示そうとしていることの意味を生徒がつかもうとして努力する知的協力が、生徒の側に期待できるかぎりにおいてである。

○知ろうとする努力。興味と言ってもいいかもしれません。

・しかしプラトンは「メノン」の中でこの矛盾を指摘したのであった。彼は、問題にたいして解答をさがしもとめることは不合理であるという。なぜなら、さがしもとめているものを知っているとすれば、その場合には問題など存在していないことになるし、また、もしそうでなければ、さがしもとめているものがなにかを知らないのだから、なにを見出すことも期待することができない、というのである。このパラドックスにたいしてプラトンがあたえた解決は、発見とはすべて、過去の経験を想い起こすことである、ということでであった。

・「メノン」のパラドックスを解決することができるのは、一種の暗黙知である。それは、かくされてはいるがそれでも我々が発見できるかもしれないなにものかについて、我々がもっている内感である。

・(一)問題も正当に知られうること、(二)解決に近づきつつあるという意識に導かれて科学者が問題を探求しうること、(三)最後に到達される発見に含まれる、まださだかでない内容について正しい予感をもちうること、これらは暗黙知によって説明されることが示される、ということである。

○過去の経験、今の自分の人生だけではなく、本能に刻まれている経験。それが「内感」なんでしょうか。

【Ⅱ 創発】

・作業をしている人は、身体の一部としての諸動作の中に潜入することによって諸動作を関連づける。一方、観察している人は、外部からそれら諸動作に潜入しようとつとめることによって、それらを関連づける。彼はそれら諸動作を内面化することにより、それらに潜入する。こうした開拓的な潜入によって、生徒は名人の技能の感覚を会得し、いつしか名人と技を競いうるほどにもなるのである。

・チェスをする人は、名人が行った試合をたどることによって名人の精神に入りこみ、名人が心に秘めていたものを発見しようとする。

○言葉にするのはたしかに難しい。でも、伝わるものはあるということ。

【Ⅲ 探求者たちの社会】

・生徒がこの潜入にあずかるのは、つぎのことを推測することによる。つまりそれは、はじめは無意味に見える教師の教えも、実際に意味をもっていること、そしてその意味は教師におけるのと同じ種類の潜入を生徒が行うことによってとらえられる、ということである。このことを推測する努力は、教師の権威を受けいれることに基づいている。

○「権威を受けいれる」という訳どおりに意味をとるとちょっと抵抗がありますが、「尊敬」ということであれば。

・児童の精神の驚嘆すべき発達について考えて見よう。この発達を促すのは、言葉や大人の行動などの隠れた意味を、児童が推測する時の確信のひらめきである。

○子どもの頃から、非言語を読み取る力は学習されています。

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