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非言語コミュニケーションの基礎理論
マイルス・L・パターソン

【第一章 非言語行動の鳥瞰図】

・他の人の示す非言語行動から得られる情報は、言語による情報に比べれば、その人の「本当の」人格特性、態度、そして、感情をよくあらわしていると考えられよう。

<非言語行動のパターン>

・非言語行動とは、私たちが身体を使って行う多数の行動を指す。(中略)声の大きさ、テンポ、声の高低、そして声の抑揚などを区別することは重要であり、一般にこうした区別は行われている。

1.対人距離
2.凝視の方向
3.身体接触
4.身体の傾き
5.身体の向き
6.顔の表情
7.姿勢と姿勢の調整
8.ジェスチャー
9.手の動き
10.足および脚の動き
11.身づくろいのしぐさ
12.自己や対象へのマニピュレーション(身体のある部分を掻く、衣服を直す、指輪や鍵やそのほかのものをいじくるなどタッチの一種)
13.瞳孔の拡張と収縮
14.休止
15.中断
16.話の持続時間

・これらの行動が単独で生ずるわけではないことを認識しておかなければならない。

<非言語的関与と交換>

・非言語的関与という構成概念は、近接学、親密さ、そして直接性など重複しているが、この概念はこれら三つの概念よりも包括的である。非言語的関与をあらわす行動の一覧表を仮に挙げるとすれば、次の行動が含まれよう。

1.対人距離
2.凝視
3.身体接触
4.身体の向き
5.身体の傾き
6.顔の表出性
7.話の持続時間
8.話の中断
9.姿勢の開放性
10.関係性をあらわすジェスチャー

・一般に関与が増大すると、対人距離は近くなり、凝視と接触は増す。

○いわゆる非言語コミュニケーションの「発信」

・相互作用をするひとりの人間の関与行動を徹底的に分析するには、相手になる人の補足的な行動に注意を向けざるを得なくなる。このような共同行動のパターンは交換(やりとり)と名付けられる。交換とは、相互に共同する相互依存の行動パターンと考えられる。

<機能的分析>

・この分類は、本書の目指す非言語行動分析の核となるものである。

1.情報の提供
2.相互作用の調整
3.親密さの表出
4.社会的統制の行使
5.サービスと仕事上の目標の促進

・情報
おそらく、非言語行動の最も基本的な機能は、情報提供機能であると言ってもよいであろう。(中略)特に顔の表情が重要である。意味のあるたくさんの情報は顔から伝達される。ただし、顔は人を騙す場合もある。

・親密さ
相互作用でみられる非言語行動の研究は、たいてい親密さの表出機能に焦点を当てている。つまり、さまざまな非言語的関与は、相手に望む親密さの違いを反映しているととらえるのである。(中略)親密さと非言語的関与の典型的な関係を示す知見は、Rubin(1970)の研究に代表される。Rubinは、(親密さの一側面を測る)恋愛尺度で高得点のカップルの方が、低得点のカップルよりもおたがいに目を見つめ合う時間が長い事実を見いだした。同様に、相手に好意や魅力を感じるにつれて、一般に二人の距離は近づくとの結果も得られている(Patterson, 1978 b)

○非言語の発信は、言葉が悪いけど「相手を騙す」ことが可能ですね。親密さを演出することも。

【第2章 連鎖的機能モデルの展開】

<理論的背景>

・均衡理論によると、ある一定の相互作用において、個人間にみられる適切かつ快適な親密さのレベルがあり、それは定義できると言う。親密さは、距離、アイコンタクト、微笑、ことばによる親密さの表現などの関与行動やこの外の行動でも明示される。さらに、この理論では、そのような関与を快適なレベルあるいは均衡したレベルに保つ圧力が存在すると主張する。

・例えば、人がある人に近寄りすぎると、快適レベルを超えた関与を瞬時に増すことになる。その結果、近寄られた人はアイコンタクトを減らして、均衡を回復するのである。

・覚醒というのは、非言語的関与の増大と結びついているケースが多いので(中略)覚醒により、相手側の関与の変化に対する感情反応の違いが説明できるのである。

・覚醒の低下もまた、いくつかの非言語的交換において重要な構成要素のように思われる。例えば、恐怖心を抱いていたり、悲しんでいるような人がほかの人に慰められると、その恐れていた人のレベルはおそらく低下するであろう。すなわち、抱きしめたり、肩に腕をまわしてほかの人を慰めることは、覚醒を低下させるようなたぐいの高い関与の例になろう。したがって覚醒の構成要素は、一般的に覚醒変化と記される。

・肯定的な感情反応は、返報的な関与行動を促進させるのに対して、否定的な感情反応は、補整行動を助長させるはずである。

○相手を好きだという態度で接すれば、そのように帰ってくる。ミラーリングの返報性と似ています。
http://blog.livedoor.jp/kensyuhayashi/archives/1040847799.html

<覚醒モデルに関する経験的研究>

・ある研究では、漫画を見ている子どもたちの相互作用のパターンを検討しているが、親しい者同士のほうが、見知らぬ者同士の場合よりもおたがいに笑ったり、見つめ合ったり、話し合ったりする反応の側面で釣り合いが取れていた。

<認知的-感情的評価>

・一般に、期待が存在していると、知覚する側は、相手の人物からその期待を確認する反応を引き出すように行動する傾向があると仮定される。例えば、ジョージはどちらかと言えば冷淡で鈍感な人物であると聞いていれば、私が彼に初めて会ったときには、まったくそれと逆の話を聞いていたときよりも熱心に話す気になれないだろうし、自分を抑えてしまうであろう。その結果、私の行動のよそよそしさのために、ジョージは、それに見合った反応を積極的にするようになり、そのため、私が最初に抱いていた彼に対する期待感は確認されるようになるのである。

・状況や活動に関するこまごまとした期待もまた、人の行動を方向づける際に重要である。台本という概念は、このような相互に関連した期待を記述するために使われてきた。(中略)他者に関する特定の期待とは対照的に、台本はある状況を一般化したものである。その台本は比較的安定しており。行為者の人格のような特定の個性には左右されない。したがって台本にある情報のおかげで、私たちは相手の行う対人行動を予想したり、行動を開始したりできるのである。

○期待に左右され、台本で安心する。役者の気持ちに似ています。

<交換の結果>

・ある人の行動が相手の先行した行動に対する反応であるとは必ずしも言い切れない。例えば、ジョーが握手をしようとして、ハリーが手を差し出すよりも1/5秒早く手を出したとしても、ハリーがジョーに応えて反応しているという確証にはならない。ハリーはジョーの動きに注意すらしていないかもしれない。それよりもむしろ、二人は、挨拶の台本を独自に頭に描いていたのかもしれない。

・同時に、反応的な調整も起こり得るということを認識しておくのも、また重要である。

<相互作用の位相>

・極端な関与レベルは覚醒を増大させ、それは否定的に経験されやすく、不安定さと補整的調整を生む。

・一方が極端な関与レベルで相互作用を始めると、他方の側に否定的な感情を生じさせ、補整的調整が行われるという。(中略)おそらく、好まれる関与レベルと実際の関与レベルの間に大きな食い違いがある場合、当然否定的に経験されるような高い覚醒レベルが生み出されるであろう。

・例えば、二人の同僚は、特定の交換について一方が他方を支配しようとする社会的統制(つまり、権力闘争)の意味で見ているかもしれない。あるいは、男性はいやがる女性に言い寄ろうとするかもしれない。(中略)交換が終わるまでに安定が達成されるような場合がある。基本的には、相互作用の当事者同士が相手の行動を理解し、それに適切に反応できるからである。例えば、支配をめぐる闘争はどうにか解決され、性的な口説きは拒否される。それでもなお、こうした社会的統制機能に該当する行動をし続けるのは、その場にそぐわないからである。

<本モデルの要約>

・安定した交換とは、(中略)相手に期待する関与と実際の関与の間の食い違いが最小の交換を指している。したがって、認知作業はもはや不必要であり、大きな行動調整など必要でないような交換である。期待した関与と実際の関与の食い違いが大きいと、その交換は不安定になる。この不安定さゆえに、認知過程と覚醒過程が新たに刺激されるのである。これらの過程が生じると、次に非言語的関与の調整が起こる。(中略)交換に不安定感があると、相互作用が安定した形になるか、終わるかするまで新たな覚醒活動と認知活動が起こるのである。

○期待した通りの行動が帰ってこない時、不快を感じる。自分の中の台本通りに動いてないじゃん!と。そういう観点で見ても、インプロの活かし方が見えてきます。

【第3章 情報機能】

<コミュニケーションに関する視点>

・個人はコミュニケーションを開始するのではなく、それに参加するのである。Birdwhistellは、コミュニケーションを個人が積極的に開始するものではなく、ひとつのシステムと考えているので、こう判断するのである。その結果、この視点によると、システムとしてのコミュニケーションは、交流のレベルで理解されねばならないのである。

○コミュニケーションに参加。良い言葉でもあり、だからこそのハードルの高さもあるかもしれません。

<意図的、目標志向的行動はコミュニケーションである>

・私がときおり邪魔に思うことのひとつに、教科書会社のセールスマンの訪問がある。(中略)彼らの製品には関心がないとことばでいうのに加えて、私は「多忙な」ふりをときにはすることもある。これには、一度二度と時計に目をやったり、椅子でそわそわしたり、卓上カレンダーや目の前の仕事の中身を確かめたりすることが含まれる。

・ときには、通常は情報伝達的であるお決まりの演技が、その行動の外見上の意味とは関連のないその他の要求を満たすことがある。(中略)私は、たまたま紅茶の愛飲者なので、4分ばかり醸成時間を置いて飲む。(中略)訪問者を安心させ、私の行動の意味を明らかにするために、ときには自分の行動を説明する、つまり、「ちょっとお茶の時間を確かめているだけです。濃くなりすぎると嫌なんでね」と言うのである。

○非言語コミュニケーションを考える上で、これは非常に難しい問題です。自分が無意識に発信していることが相手に曲解される危険。

<三つの視点の評価>

・情報伝達的である情報行動とそうではない情報行動を区別する重要性を認識することである。

○情報伝達的行動≒目標志向的行動は意識的な非言語コミュニケーション、表示的行動は無意識的な非言語コミュニケーション。

<コミュニケーション、表示、そして帰属>

・表示的行動はありのままの行動と判断されるのに対し、コミュニケーションは管理された、または故意のものと判断されよう。

<コミュニケーションの決定因>

・目標志向的ないし情報伝達的行動パターンを開始する可能性を高める条件として、少なくとも三つの異なる条件がある。(中略)1.相互作用における評価圧力の存在、2.微妙な判断の伝達、3.言語反応の増幅。

<評価圧力>

・はっきりした評価的な状況では、個々人はしばしば、好ましい印象を作り出すために自分自身の行動をしっかり監視し管理する。

・Goffman(1959,1967)は、評価的場面で要求される自己呈示を論じかつ分析する際に、劇場になぞらえた説明をしている。人の一定の行動手順は、ある特定の役割を演じる演技とみなされる。このような演技は、相互作用の相手ないし見物人たる観察者のいる目の前、つまり舞台の上(中略)で演じられる。Goffmanの劇場の視点の根底には、われわれの社会的行動の多くは、計画された目的のために統御されているという一般的仮定がある。Shakespeareが示唆したように、少なくともどのように他者が自分をみるかに関心を保つ場合は、たぶんすべての世界が舞台なのである。

All the world’s a stage, and all the men and women merely players.
この世の中はすべて舞台。男も女も皆役者。~「お気に召すまま」―第2幕第7場より

<微妙な判断の伝達>

・拒否や嫌悪、さらには承認や愛でさえ、直接ことばで言うのは、符号化する人と解読者の両方にとって威嚇的あるいは当惑するものかもしれない。曖昧さがあるので、非言語の手掛りは、ストレスの比較的少ない形で、ことばと同程度の評価的判断をはっきりと相手に伝達するのに使える。

・そのような間接的な(人によっては欺瞞的と呼ぶかもしれない)メッセージは解読者の顔を立てるものであり、比較的気持ちの良いものであるように思われる。事実、そのようなメッセージを非言語により伝達することは、解読者の心理的反発(Brehim,1966)をより少なくするのであろう。

・例えば、恋愛の可能性のある出会いは、ことばはなんら介在せず、ちらりと見たり、しぐさやタッチではじまることがある。そのような接近の仕方は、あとで恋愛の意図を肯定したり否定できるだけの余地を符号化する人に残し、それで個人的な煩わしさは少なくなるのである。

○「言わなくても分かるでしょ」というのは、海外でも通用するものなんですね。

<情報の内容>

・合衆国と日本の大学生が、ストレスを誘発するフィルムを見る。日本人とアメリカ人の被験者がひとりで座っているときには、両群とも非常に似た表情を示した。しかしながら、研究助手と一緒にいる場合には、日本人の被験者は、アメリカ人の被験者よりもはるかに多く自分の反応を仮装したのである。両群でみられる明らかに対象的な表出パターンの相違は、日本の被験者の仮装行動が明確な目的や目標によって動機づけられていたことを示唆している。もっとはっきり言うと、他者がいるときには、否定的な感情の表出を制限するべきであるという規則である。

・表情が欺瞞である可能性とは反対に、身体動作やパラ言語の手掛りの変化は、否定的感情に対して比較的信頼できる指標であるかもしれない。

○この「仮装行動」をうまく使うことで、「人たらし」足ることが可能になるのだと思います。良い意味で。

【第4章 相互作用の調整】

<話し手の行動>

・凝視パターンの詳細な分析を行ったKendon(1967)は、会話の交代のはじめに(すなわち聞き手から話し手に立場が変わるとき)、人はたいてい相手から視線をそらすことを見いだした。(中略)まじまじと相手を凝視するのは普通、たどたどしい発話やちゅうちょしているときにはあまり用いられない(Kendon,1967)。

・凝視行動の開始は、話し手が話終わった内容に対する聞き手の反応を、チェックできる手段を提供している。

○凝視、というとものものしいですが、しっかり話していますよ、聞いていますよというときには必要な行動です。

<行動の連動>

・同じようにして動いたり、あるいは身体位置をとる相互作用の当事者たちは、おたがいに適合した状態であると形容できる。姿勢の一致は、「カーボンコピー」あるいは「鏡像」の形になる(Trout&Rosenfeld,1980)。

・Lafrance(1979;Lafrance&Broadbent,1976)は、大学のセミナーにおいて教師と学生の間で姿勢鏡像化が増すと、学生が授業に高い関与水準を示すことを見いだした。

○ミラーリング。

【第5章 親密さ】


<初期の関係性>

・関係性の初期においては、個人は誰でも快適で気楽な相互作用を保とうと心を砕く。そのような相互作用では、評価の圧力が高く、個々人は、特別な効果をねらって自分たちの関与の仕方についてそれなりに管理している。

・初期の交換が、このように相手からの評価を強く意識して行われるときには、非言語的関与の決定のされ方は、親密さよりも社会的統制機能を優先するようになるだろう。

・初期の交換では、たいてい多少の評価圧力はあるが、親密さの機能もまた依然として重要である。

○相手と仲良くなるということ。最初から砕けすぎると相手は「失礼な人」だと認識することもあるでしょう。

<面接研究>

・各種の面接研究から、関与の増大に見られる効果は、一貫したパターンを示すことが認められる。このような面接場面では、中程度の高さの非言語的関与が、最も好意的な印象を生み出すようである。過度の関与、例えば近づきすぎたり凝視を絶やさないことは、好印象を得るには逆効果である。

<印象形成の研究>

・この種の研究で特に重要な要素は、二人を組み合わせる際の性別である。(中略)実験協力者が被験者に紹介された時に示す接触の程度(頭でうなずくだけ、しっかりと握手する、しっかり握手し腕を握りしめる)を操作して、初期の印象が調べられた(Silverthorne,Micklewright,O’Donnell,&Gibson,1976)。女性が実験協力者で男性が被験者の二人の組み合わせを除いて、ほかのすべての組み合わせで接触の程度が増すとともに、より肯定的な印象が生み出された。女性の実験協力者が男性の被験者に対してこうした接触を行うと、その女性は肯定的にみられなくなる。

・男性よりも女性のほうが高い関与レベルを好む一般的な傾向を反映しているのであろう。

○こと職場レベルで言えば、セクハラの問題もあるので、不要な接触は避けたほうが良いでしょうね。

【第6章 社会的統制】

・親密さの機能では、動機と行動の結びつきはほとんど意識されていないのに対して、社会的統制機能においては、当人がそれを意識して行動しているのである。

・社会的統制動機と行動の間には不一致があるとか相互に無関連である場合も珍しくないであろう。例えば、虫の好かない相手であっても、その人の支持を得るためにあえて高い関与を持とうとする(例えば、友好的に振る舞う)こともあろう。

<勢力と支配の符号化>

・非総合的な(一方的な)タッチ(例えば、相手の肩や腕に手をやる)は、地位の高いものに許される特権と思われる。病棟内の交換に関するGoffman(1967)の観察記録によれば、医師は他のスタッフにタッチできるが、逆にスタッフは医師にタッチできないという規範が力説されている。同様にHeniey(1973)は地位の高低に結びつく他の次元として、(a)男性であること、(b)年長者であること、かつまた、(c)社会経済的な地位が高いことを挙げており、これらは、いずれがタッチを頻繁に行うかを予測できる原因であると主張した。

・Hottenstein(1978)は、ソシオメトリーで地位の高い者は相手の地位にかかわりなく表情豊かであるのに対して、地位の低い者は同程度の者に対するときよりも、自分より地位が上である者に対するときのほうが表情豊であることを明らかにした。ただし、地位の低い者が示すこの場合の表情の豊かさは、地位の高い者から承認や支持を得るための手段であるかもしれない。

・地位の高い者は地位の低い者に比べて、非言語的関与を目標達成の道具として柔軟によく利用してきたことが明らかにされた。その結果、地位の高い者の場合には多様な関与の仕方が可能であると同時に、地位の低い者ならば非難されたり、是認されないおそれのあることでも、彼らの場合には許されるのである。

○強いものほど優遇されます。それをずるいと見るのか、努力の結果と見るのか。金持ちけんかせずにも通じるものがありますね。

<説得>

・BaronとBell(1976)の実験では、相手にできるだけ近づいて暇な時に調査の回答に協力してくれるように依頼した場合のほうが、より多くの人から協力が得られたと報告されている。同じくKleinke(1977,1980)はわざと電話ボックスに置き忘れた小銭の返却を求める際に、被験者の腕に触れたほうが、より高い返却率をもたらしたと報告している。

・関与の度合を高めるとストレスが増大する場合には、要求内容を極力少なくすることがテクニックとして重要である。

・影響力行使の対象が内容的に複雑なものであればあるほど、非言語的関与度の低い条件下のほうが、変化をもたらすのには好都合であると言えよう。

・一般論を言えばコミュニケーションの送り手は、受け手と中程度の関与をしたほうがより好ましい印象を与えることになる。(中略)初対面にもかかわらず、相手に近づきすぎたり、相手に馴れ馴れしく触れたり、じっと見つめ続けたりするのは、極端すぎて相手に否定的な印象をあたえるかもしれない。

○ビジネスでも、中程度の関与が一番好ましい物のように思います。ただ、馴れ馴れしさの感じ方はタイプによって違うので。そこを見極めることが大事ですね。

<遂行への強化>

・数字をコード化するといった単純作業においても、実験者が教示を読むときに、被験者を凝視するようにしただけで作業成績は上昇を示したのである。(Fry&Smith,1975)。(中略)KazdinとKlock(1973)によれば、知恵遅れの子どもたちに先生が微笑とタッチングで随伴強化すると、彼らは教室の活動に注意を向けるようになったとのことである。

○誰かが見ていてくれるというのは大人でも励みになります。

<カウンセリングと雇用面接>

・面接官の熱意の違いが、クライエントや求職者の遂行行動に反映されるのは当然である。この熱意の相違がなにに由来するのかについては、面接に先立って相手に対して形成された先入観、あるいは面接のなかで新たに作り上げられた期待を上げることができる。(中略)こうした面接者の評価的な期待が面接に先立って形成されていなかったにしても、面接が始まった途端、ただちに形成されるかもしれない。それには4分とかからないであろう(Word et al.,1974)。この点についてZajonc(1980)は、印象が形成されるまでの潜時はずっと短いと予想しており、基本的な評価(良い-悪い)は何分の1秒といった短さであり、しかもそれは初対面のときに感じた非言語的な手掛りに基づいていると主張する。

○第一印象は大事ですね。

<印象管理>

・非言語行動は、一般的には自発的で意図的ではない行動と考えられているが、本章の主題は主題はむしろその逆であり、非言語的関与がある隠された目的を達成するために意図的に行われることがあるという点にある。(中略)非言語行動が相手に望ましい印象を与える上で、どのような役割を果たすかを分析することである。すなわち、非言語的関与は、相手に好意的な印象を与えるために意図的に統御できると仮定されるのである。

<カウンセリング場面における相互作用>

・カウンセラーの人間的な温かさを患者がどのように認知するかということもまた、カウンセラーの非言語行動によって左右されるのである。例えば、表情や視線あるいは姿勢を患者の動きに応じて変化させ、ジェスチャーを多用するカウンセラーは、そうした非言語行動を最小限にとどめるカウンセラーに比べて、気取りがなく、人間的な温かみがあり、愛想のいい、活気にあふれた人物であると評定されたのである(Strong,Taylor,Bratton,&Loper,1971)。(中略)同時にまた、真面目さに欠け、きちんとしておらず、自制心の欠けている人物とも評定されていたのである。(中略)なお、カウンセラーの動きと人間的な温かさについての評定との間には有意な関係が見いだされていなかった(後略)。

○良い意見と悪い意見で割れたのでしょうか。これもタイプによるのかも。

<雇用面接>

・McGovern(1977)は企業の人事担当者を被験者にして、サクラが演ずる求職者の非言語的関与を操作した。(中略)高い非言語的関与度を示した求職者の89%がその後の二次面接にも呼び出された。これに対して、低い関与度の求職者の場合には、だれひとり二次面接の呼び出しはなかったのである。

・ForbesとJackson(1980)は、技術関係の実習生の職に応募してきた人たちの非言語行動を分析した。(中略)その結果、採用とされた応募者にみられた行動の特徴は、(a)面接官を凝視する頻度が高かったこと、(b)微笑みを絶やさないこと、(c)面接者のことばに対してしきりに頭でうなづくこと、であった。

<相互作用の方略>

・ある種の対人期待は、返報性ではなく、補整と命名される別の相互作用の方略を促すとの指摘がある。(この返報性および補整という述語は、第2章で用いたのとは多少異なるニュアンスで使用する。第2章では、返報性は相手の行動に釣り合わせるような行動レベルでの調整を指しており、補整はこれまでの関係を変えようとするパートナーの動きに対して、あくまで現状維持を図ろうとする立場からの行動調整を指していたのである)。

・ここで取り上げる補整の方略とは、当事者の一方が対人期待に基づく行動をあえてとらず、その逆をいく行動プランを採用することであり、それによって予想される相手の行動の気勢を制しようとする試みである。

・サクラから否定的なフィードバックと関与度が増すシグナルを受け取った被験者は、実験者の仮説とは逆に、関与を増す返報的な行動を示したのである。

・特に不愉快な相互作用が予想される場合には、そうした事態を未然に回避するための行動方略が開始されるものと思われる。しかしながら、そうした行動とは裏腹に、当の相手に対する印象と相互作用についての評価はきわめて否定的なままである。相手に対する期待が否定的なものである場合に、強いて微笑みかけることは行動の方略の中でも重要であるように思われる。これと同じ方略は、欺瞞を行う場合もみられるのである。(Ekman&Friesen,1974)

○苦手な人との会話での「肝」を紐解いている研究のような気がします。イヤだな、と思った人に、好意で(嘘でも)接することで相手がこちらを好きになってくれることってあります。本当に合うか合わないか分からないうちに縁をなくしてしまうのは惜しいから。

<親密さの機能と社会的統制機能の比較>

・親密さの機能と社会的統制機能の検討を通じて、対人行動に関連する二つの相異なる基本的な動機システムの対比が明らかにされた。

・親密さの機能に役立つ非言語的関与は、相手に対する対人感情を反映すると仮定されている。(中略)こうした親近感の非言語的な表現は、自発的であり、表示的である。Schneider,HastorfとEllsworth(1976)はそうした非言語的な行動を反応的なものと命名した。(中略)つまり観察者にとって反応的な行動は信用するに足るからである。

・社会的統制の動機が非言語的な行動の根底にあるとき、そうした行動は他者に影響力を行使することを意図した計画的なコミュニケーション行為とみなされるのである。すなわち、コミュニケーションの目的が重要となるのである(Mackay,1972)。実際問題として、Schneiderらは前述の反応的な行動と対照させるために、この種の行動については目的的ということばを使用している。(中略)明らかにこの場合には、そうした行動はその人物に固有な性格特性を反映したものとはみなされないのである。

・行為者の立場からすれば、時折そうした目的的な社会統制行動をあたかも自発的で表示的なものであるかのごとくみせかけたい気分になる。すなわち、実際は逆であっても、下心がなく、率直で、正直な人物とみられたがるのである。

○「逆」は言い過ぎでも、これは大事なことだと思います。どれだけ「目的的」な臭いを出さないようにするか。あと、誠実さがないと結局見ぬかれます。誠実さがあれば見ぬかれても構わないくらいの「目的的」が良いのでは。

・理論的に親密さと社会的統制を区別することは容易であっても、実際問題として日常生活での交換をいずれかに分類しようとすると厄介である。

【第7章 サービスと仕事の機能】

・サービスと仕事の機能は、通常の対人関係の本質とは独立した非言語的関与の決定要因である。すなわち、そのような非言語的関与のパターンは、おもにサービスもしくは仕事との関係の中でみられる。(中略)相互作用をしている両者の行動は一定の台本のようなものに従って順次進行していくので、予測がしやすい(Abelson,1981)。

・サービス機能で要求される内容は、通常の社会的相互作用でみられるものよりも強い関与レベルが求められやすい。これとは対照的に、仕事機能で求められるのは(焦点のはっきりしない相互作用において)、たいてい通常の社会的相互作用でみられるものほど強くない関与レベルで十分であり、(後略)。

<焦点のはっきりした相互作用におけるサービス関係>

・Heslinは、人びとに身体的接触する必要のあるサービス関係を分類するのに、機能的専門家という用語を用いた。

【第8章 先行要因の影響】

<文化間の比較>

・観察された結果をもとに、Hallは関与の仕方が接触性であるか、非接触性であるかの軸によって、社会を特徴づけられると提唱した。

・例えばアラブ人、南地中海の、中南米の人びとは、その軸において接触性が最大のところに位置づけられよう。

・イギリス人や北ヨーロッパの人びとは非接触性の人種と考えられ、おたがいに触れない程度に距離を保って相互作用を行う。アメリカ人は、この両極端の中間辺りであるが、明らかに非接触性の側に位置すると考えられる。

○アメリカ人が非接触性なら、日本人はその極でしょうね。

・Noesiirwan(1977,1978)による二つの研究によると、Hallの初期の研究では取り上げられなかった文化に属するインドネシア人の場合は、接触性の軸の極に位置するであろうと述べられている。

・SussmanとRosenfeld(1982)は、それぞれが母国語を話すとき、外国人であるベネズエラの学生は相互に比較的接近して座り、日本人学生は比較的離れて座ることを発見している。しかしながら、英語で討論する場合には、ベネズエラ人はおたがいに離れて座り、日本人はより接近して座るようになる。(中略)SussmanとRosenfeldは、ベネズエラと日本の学生が外国語(英語)を使用するときには、アメリカ人の距離のとり方の規範を含めた、文化的に適切な各種の手掛りがともに活性化されるためであると述べている。

<符号化と解読における性差>

・差異のパターンは完全には一致していないものの、解読に関する大多数の研究は、女性のほうが非言語的な感情表現のよき解読者である(すなわち、より正確である)ことを示唆している(Hall,1978)。

・少なくとも表出の一定の次元に置いては、女性のほうが正確に符号化すると考えられている。特に、感情の自然な表情を顔にあらわすことについては、女性は男性よりもはるかに優れている(Buck,1975;Buck,Savin,Millar,&Caul,1972;Fugita,Harper,& Wiens,1980;Woolfork,Abrams,& Wilson,1979)。

○符号化。感情を具体的に知覚することが女性の特徴?

・学習された性役割の志向が、相互作用における男女の対象的なスタイルに明らかに影響を与えているのと同様に、符号化の正確さのパターンに関しても同様の影響を与えていると言えるであろう。

○男らしく、女らしく。

【第9章 概観:問題点と将来の展望】

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