暴かれる嘘
暴かれる嘘
ポール・エクマン
序章
・人々はどんな具合に嘘をつくのか、またどんな場合に嘘をつき、どんな時に真実を述べるのかなどの問題を検討することは、種々の人間関係を理解するのに役立つと確信する。
・嘘は、人生の中心的特性とでも言うべき性質があるので、これを十分理解するには、ほとんどすべての人間の営みに関連することになる。
・嘘には無害なものもあるし、思いやりの心から出たものさえある。嘘を暴くことがかえってその嘘の被害者や第三者に恥をかかせる場合もある。
第2章 嘘をつくこと、漏洩、そして欺瞞を示す手掛り
・アブラハム・リンカーンは、自分は虚言者に足るだけの十分な記憶力をもち合わせていないと述べたと言われている。
・ある感情を強く感じている時に、平然とした顔つきをし、手を動かさないでいるのは、最高に難しい所作である。
〇手は色々なことをわれわれに教えてくれます。役者の観点から見れば、だからこそ板の上に平然と立っているのは難しいということ。
・虚言者が誤って真実を暴露する場合、私はこれを「漏洩」と名づける。その虚言者の行動は真実を露呈していないが、その行動から嘘をついていることが示唆される場合には、それは「欺瞞の手掛り」と言う。
〇非言語コミュニケ―ションの理解がないと、体から漏れ出してしまうというのもこれ。「非言語メッセージの受発信を意識する」と研修でお伝えしていることです。
・嘘をつくには、二つの主たるやり方がある。すなわち、本当の情報を与えない隠蔽と、虚偽の情報をまるで本当のように呈示する偽装である。
第3章 嘘はなぜ失敗するのか
・正直にふるまって失うかもしれないものよりも、嘘をつく行為そのものから失うもののほうが多いのだが、(後略)。
・要するに、嘘を見破られはしまいかという不安は、次の場合に最も大きくなる。
●ターゲットにされる人(嘘の被害者になる者)が、騙すには手ごわい相手であるとの評判のある場合。
●ターゲットが、疑いを持ち始めた場合。
●虚言者の側に実践経験がほとんどなく、これまで嘘の成功したためしがない場合。
●虚言者が、見破られるのではないかという不安に特に敏感な場合。
●利害得失が大きい場合。
●報酬と処罰の両方が問題になる場合。あるいは、どちらか一方だけが問題な場合には、処罰が問題になる場合。
●嘘を見破られた場合に、加えられる処罰が大きい場合。あるいは、嘘の内容に対する処罰が非常に重いために、白状する気になれない場合。
●ターゲットが、その嘘から少しも恩恵を受けない場合。
・恥の感情と罪の感情の区別は、特に重要である。これら二つの感情は各々逆方向に作用し、人の心を引き裂く可能性があるからである。罪悪感を和らげたいとの願望は自白を動機づけ、羞恥心による屈辱感を避けたいという気持ちは自白を妨げるかもしれないのである。
・産業界の嘘に関連する記事によると、「おそらくあらゆる嘘の中で最も有名なのは、『これが付け値としてぎりぎりのところだ』という嘘であろう。
〇価格交渉。ある程度は醍醐味ですが、本当に価値あるものを提供するための正当な値付けが必要ですね。
第4章 ことば、声、身体から欺瞞行為を見破る
・本当のことを言っているのに自分は信用されていないのではないかと心配する人は、その恐怖心があるために、かえって嘘を見破られるのではないかと恐れる虚言者と同じように、上ずった声の調子になるかもしれない。
・表象のしぐさはほとんど、意図的に行われる。表象を使う人は、自分がそうしているのを意識している。目的があってそうするのである。しかし、例外もある。言い間違いがあるように、表象動作にも無意識の漏洩がある。つまり、人が隠そうとしている情報をうっかり外に漏らしてしまう表象動作である。
〇エンブレム。
非言語(ノンバーバル)コミュニケーション マジョリー・F. ヴァーガス
・多くの人たちが学習しなければならないのは、表象がうっかり漏洩されるということである。嘘発見者がこの可能性を心に留めておかないと、それに気づかず表象上の漏洩を見逃してしまうだろう。
・例示動作(Illsutrators)は、欺瞞の手掛りになるもうひとつ別のタイプの身体の動きである。例示動作は表象動作と混同されやすい。(中略)表象上の漏洩は増加するのに対して、例示動作はふつう減少する傾向がある。
・例示動作は、話に熱中するほど増加する。人が激怒していたり、恐怖に怯えている時、あるいは精神的に動揺していたり、悲嘆に暮れている場合とか、興奮し熱狂している場合などにも、例示動作がふだんより多くみられるようである。
・このほかたくさんの研究結果が示すように、真実を述べている時に比べると嘘をついている時のほうが、例示動作は目に見えて少ないのである。
・人が嘘をついている時には、表象上の漏洩は増えるが例示動作は減るというように、それぞれの変化は逆方向に生じるからである。
・表象はことばの代わりに使うことができるし、話せないような場合にも使える。また、話さなくてもその意味は伝わるのである。定義によれば、例示動作のその動きは、話している間でしか起きない、ことばの代わりにはならないし、人が話さない時にはみられないのである。
・マニピュレーター(ある種の自己タッチ)をたくさん示す人がいると、それを見た人はその人物は嘘をついていると判断するのである。
・顔の表情をコントロールするのとは違い、マニピュレーターをしないでおくのは実に簡単である。
〇抑制しやすいものは、逆に嘘に利用しやすい。
第5章 欺瞞行為を示す顔の手掛り
・さまざまな脳障害の患者を調べた研究によると、驚いたことに意図的に作った表情と自然の表情では、働く脳の部位が違うというのである。
・これまで隠された感情が露呈する三つの要点について論じてきた。すなわち、微表情、押し殺される以前にみられる表情、そして、信頼できる顔面の筋肉活動を抑制できないために顔に残存する表情の三つである。
第6章 嘘を発見する際の危険性とその予防策
・われわれの研究も含めて多くの研究では、嘘をついているのかそれと真実を述べているのかを判断する際に、まぐれ当たりよりも良い判断を下す人はごく少ないとの結果になっている。(中略)だが、実に正確に欺瞞を見抜ける例外的な人もわずかながら存在する。このような人は、天与の資質でそのような能力を持っているのか、それとも特別な状況下で習得したものなのかという点は、いまだに分かっていない。
〇誤解を恐れずに言えば、役者は結構判断できるような気がします。
・先入観はしばしば判断を歪める。そのため嘘発見者は、すでに自分が考えていることと一致しない見解や可能性、あるいは事実を軽視してしまうことがある。(中略)先入観は、多くの原因から起こり、真実を信じないという過ちを引き起こす。
・嘘発見者は、嫌疑者に対する自分自身の先入観に気づくよう努力すべきである。
〇いろいろな角度から考えること。
第7章 嘘発見のためのポリグラフ
第8章 嘘の検査法
結び
・嘘をつくことが本質的に罪悪であると考えているわけではない。多くの哲学者たちが、少なくともある種の嘘は道徳的に正当化され得るし、逆に正直さは、時に情け容赦のない冷酷なものになるとの説得力のある論を展開してきた。
・嘘を見抜くことは、時には、お互いの関係性を侵害し、信頼を裏切り、お互いに善意から相手に知らせなかった情報まで盗み取ることにもなるという点は、注目に値すると思われる。したがって、嘘発見者が欺瞞を示す手掛りを見つける行為は、実は僭越な行為なのである。つまり、相手側の許可なく行われ、相手の気持ちを無視した行為であるのを少なくとも理解すべきであろう。
〇良い嘘、悪い嘘があるということ。上手に嘘と付き合いたものです。
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