知られざる北斎

神山典士

〇読み物としてももちろん面白いのですが、ビジネス目線でも発見が沢山あります。

序章 なぜいま「北斎」なのか?

・ふるさとの魅力を発掘し町おこしをするには「よそ者、若者、馬鹿者」といった「異文化の視点」が必要。

・蛇行の数だけ技を身につける精神的なしなやかさと強靭さを持っていたことが、後の北斎を生む。

 

第1章 北斎の世界デビュー、19世紀のジャポニズム

・異界の美術品を根こそぎ蒐集する「コレクショニズム」。経済的拮抗や対立は時に武力を伴う紛争を引き起こすが、美術的なヒエラルキーは力による制圧を伴わなず、むしろ尊敬や友愛の感情を呼び起こす。

・江戸期には日本には「芸術」「美術」という言葉も概念もなく、実用が第一。欧米人にとっては茶器も陶器も鍔も根付も浮世絵も実用的でないから「純粋芸術」に。

〇北方謙三さんは、戦うものには無駄がなくて美しい、と言っていたことを思い出します。刀、銃、F1マシン、戦闘機・・・。シンプルイズベスト。

 

第2章 北斎をプロデュースした男・林忠正

・(パリの忠正の画廊に)印象派の画家やジャポニサン(美術評論家や日本美術愛好家)たちが連日訪れ、忠正の語る日本美術の解説に耳を傾け、忠正もまた、彼らに語るために学び、聞かれることで知識を身につけ、美術の専門家への道を歩んだのでは。Learning by Teaching。必要は成功の母。

〇OJTメンターのようですね。教えるために学ぶ。対話型OJTとも言えるかもしれません。

・忠正のビジネスの要素、「価値の質的転換」。実用品が純粋芸術に。

・忠正の意見書。「万博は国家間の競争であり、一国の文明度を競う平和な戦いだ」と記した。

 

第3章 小布施の北斎と高井鴻山、豪商文化

・小布施の「サロン文化」。「よそ者を迎え入れてその力を引き出す」今日の小布施の開放性と先進性、革新性はこの歴史から。

 

第4章 北斎再生!そして未来へ

・小布施町長がテレビに出演した際に語った「小布施の北斎」。今日でいう「まちづくり」。町民が故郷に誇りを持って生きていける下地作り。

・北斎を核にして、新旧住民の力を合わせた「まちづくり」の推進。

〇「旗」の元に力を結集する。板橋区の旗って、なんだろう。人口が多いと一つの旗とはいかないのかもしれません。

 

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