ネガティブ・ケイパビリティ

ネガティブ・ケイパビリティ

帚木蓬生 

 

第2章 精神科医ビオンの再発見

・ビオンの精神分析家としての職業、ベケットの作家としての職業への刻印とは、言葉の不到達性、言葉では世界も人間の内面も救いきれないという悲しくも重い実感。

・「ゴドーを待ちながら」初演の稽古中の役者たちの質問、「この科白、全体としては、どういう意味なのでしょうか」に対し、「字面通りに言えばいいのです」。ベケットが行き着いた世界であり、対話の行き違い、ずれ、コミュニケーションの不成立、意味の拒否によって作品が完成。作品そのものが曖昧さの世界。

・第二次大戦で将兵がかかる最大の病気は精神疾患。精神科医の重要性をいやが上にも高める契機に。

・精神分析時の分析者と患者の双方の「ものの見方」を忌避。代わりに「頂点」という、山の頂を想像。ものの見方より広い視野を持ち、焦点もあちこちに浮遊。

 

第3章 分かりたがる脳

・ネガティブ・ケイパビリティを培うのは、「記憶もなく、理解もなく、欲望もない」状態だというビオンの断言。

○まるで無垢なる子供のように。

 

第4章 ネガティブ・ケイパビリティと医療

・処方としての「日薬」と「目薬」。何事もすぐには解決せず、何とかしているうちに何とかなるものが「日薬」。「目薬」は、「あなたの苦しい姿は、主治医であるこの私がこの目でしかと見ています」ということ。人は誰も見ていないところでは苦しみに耐えられない。

○部下育成の肝にも通じるものだと思います。

・セネガルの言い伝え、「人の病の裁量の薬は人である」。

 

第6章 希望する脳と伝統治療師

・脳は、単に過去の経験を貯蔵しているだけでなく、未来によって絶えず再形成されているという事実。

・明るい未来を思う機構の一部分を担うのは、記憶の場である海馬。未来をも取り入れる記憶装置によって、ネガティブなことよりもポジティブな事をより喚起。前頭前野皮質と皮質下の神経連絡網も関与。

・未来への「タイムトラベル能力」をバラ色の方向に向けるのが、皮質下にある三つの器官。情動を制御する「扁桃体」、情動と動機付けをコントロールする「帯状回全皮質」、「将来に何か良いことが待っている」と脳全体に伝える、線条体の一部の「尾状核」。待ち構えていた報酬が実際に手に入ると、その事実が脳全体にセットされ、次を期待する前向きの姿勢が強化。

・プラセボ(偽薬)の投与は単なる暗示ではなく、脳内麻薬物質であるエンドルフィンを分泌され、脳の前頭前野が活性化。

・第二次大戦後、薬品の開発にあたってその有効性を証明するのに、対照として使用されたプラセボ。以来、製薬会社にとってプラセボ効果は邪魔者に。

・プラセボ効果に目をつけ、金儲けの道具にした素性の怪しい医療機器やサプリメントを売りつける悪徳商法。

○気のせい、がすごい効果をもたらす、と。気の持ちよう、病は気から。

・プラセボでも副作用が出るという驚くべき事実、「ノセボ効果」。

・プラセボ効果を生じさせる必要条件、「意味付け」と「期待」。治療を受け、軽減されると期待を持つと脳が希望を見出して、生体を治癒の方向に導く。もっとも活動が高まるのは前頭前野。

 

第7章 創造行為とネガティブ・ケイパビリティ

・米国のノーベル賞作家の7割がアルコール依存症だという論文。

・統合失調症の性向と創造性を論じた研究。新しいものの見方や、原始的な思考様式を持っていることで創造性に結び付く。

 

第9章 教育とネガティブ・ケイパビリティ

・「運・鈍・根」はネガティブ・ケイパビリティの別な表現。教育と研究の分野を支えているのはネガティブ・ケイパビリティ 。

・今すぐに解決できなくても、何とか持ちこたえていくことは大きな能力だと、大人から説明された子供は、すっと心が軽くなるのでは。せっかちに問題を設定し、できるだけ早く、回答を出すポジティブ・ケイパビリティを叩き込まれる時の暗い気持ちとは天地の差が。

 

第10章 寛容とネガティブ・ケイパビリティ

・寛容は大きな力を持ち得ないが、寛容がないところでは物事を極端に走らせてしまう。寛容を支えているのがネガティブ・ケイパビリティ。どうにも解決できない問題を、宙ぶらりんのまま、何とか耐え続けていく力が、寛容の火を絶やさずに守っている。

 

おわりに - 再び共感について

・ヒトは生物として共感の土台には恵まれているものの、それを深く強いものにするためには、不断の教育と努力が必要に。共感が成熟していく過程に経寄り添て散る伴走者こそがネガティブ・ケイパビリティ。ネガティブ・ケイパビリティがないところには共感は育たない。

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