現代思想入門

現代思想入門 

千葉雅也

 

第1章 デリダ ー 概念の脱構築

・ポスト構造主義=現代思想とは「差異の哲学」。

・仮固定的同一性と差異の間のリズミカルな行き来が現代思想の醍醐味。

・人が何らかの決断をせざるを得ないということは「赦す」しかない。

・未練込みでの決断という倫理性を帯びた決断をできる者こそが本当の「大人」。

〇これが、自身が子供の頃に見た大人像なのだと、自分が大人になって思います。大人って、結局子供の頃の思いとか感情って大して変わっていないけど、頑張っているんですよね、皆。

 

第2章 ドゥルーズ ー 存在の脱構築

・哲学書には「普通に読む」ということがなく、どれもこれも暗号化されたファイルみたいなもので、どうやって鍵を外してある程度理解可能にするかで、研究者が様々なアプローチを試みている。

・どこまで行っても「プロセス」だから、ある程度のところで「まあいいや」と終わりにする。(中略)すべては生成変化の途中であると考えたとき、すべてを「ついで」でこなしていくというライフハックに。すべての仕事をついでにやるのがドゥルーズ的仕事術。

〇中原淳先生の「終わった論文が良い論文」を思い出します。

・たとえ人間関係においてつながりが必要だとしても、一定の距離・無関係性がなければ、互いの自律性を維持できない。無関係性こそが存在の自律性を可能に。関わりすぎない按配が問われる。

 

第3章 フーコー ー 社会の脱構築

・(古い時代には隔離していたものを)ただ排除しておくより、洗脳して多少でも役立つ人間に変化させれば統治する側からは都合がいい。統治は人にやさしくなっていくようでいて、より強まっていく。

・フーコーは、人間がその過剰さゆえに持ちうる多様性を整理し過ぎずに、ちゃんとしようとし過ぎずに泳がせておくような社会の余裕を言おうとしている。ドゥルーズの言う逃走線なるものを、具体的に社会のあり方として提示している。

 

第4章 現代思想の源流 ー ニーチェ、フロイト、マルクス

・フロイト的な無意識の概念は、自分の中には他者がいるのだということとして言い換えられ、そのことが現代思想における脱秩序的な方向性とつながってくる。

・「運命」に意味はない。たまたま。

〇だけど、そこにいくまでに「準備」をしておくことはできますね。いつか、つながるときのために。コネクティング・ドッツ。

 

第5章 精神分析と現代思想 ー ラカン、ルジャンドル

・精神分析批判、精神分析の胸を借りるような形で自分の思想を形成しているという面が現代思想に。

・エネルギーを開放する方向と制限し有限化する方向の両方は、人間のあらゆる組織的活動に言えることで、個人的に生活を律するときもそう。

 

第6章 現代思想のつくり方

・多くの場合、ズレや誤解をなくし、真理に近づいていくことが目指されるが、どれほど努力しても差異を排除することはできない。

 

第7章 ポスト・ポスト構造主義

・デリダは、常に誤解されズレ続けるものとしてコミュニケーションを捉えた。

・セネカのようなローマの賢人たちは、何か過ちを犯してもそれを根源的な罪としては捉えず、一日の終わりに日記を書いて反省し、「もうやらないようにしよう」と自分に言うだけ。

〇反省が生きれば、それもいいけど、罪にもよるかもしれません。賢人は、そんなひどい過ちは犯さないのかな・・・。

 

付録 現代思想の読み方

・まずはただ聞く。脱構築はそのあと。

 

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